どうも、博士課程にいるともよし(@tomo141)です。
もう、オーバードクターがチラついています。しかし、彼女がいます。待たせている気持ち。早く終わらせたい。焦り。不安。そういうところを。
オーバードクターとは?
オーバードクターというのは、博士後期課程の標準修業年限である3年を超えて、博士後期課程に在籍することです。
博士論文を出せるくらい満足のいく結果が出てない場合に、4年目に突入(=オーバードクターする)して研究を続けます。
つまり、オーバードクターの間は博士号をまだ取ってないということ。
博士号の取得を目指し、オーバードクターをします。
博士課程については、下に僕の記事からの引用を載せておきます。
博士後期課程とは、次のような流れで進んだときに訪れる課程です(一番一般的な流れ)。博士課程ブログ|博士(=ドクター)とは?&ぼくが進学した理由 - ともよしブログ|理系を楽しむ
- 高校3年間
- 大学4年間
- 大学院(博士前期課程=修士課程)2年間
- 大学院(博士後期課程=博士課程)3年間~
不安でしかない
もう、家族や彼女には、おそらく3年では出れないことは伝えてあります。
半年か、1年くらい、延長するだろう、と。
でも、結果がでなければ、4年で出れないことだってありえます。
6年かかって、結局学位はもらえずに卒業、ということだってあるわけです。
不安でしかありません。
毎日、うまくいくとは限らない反応を仕掛け、不確定なものと闘う日々。
不安でしかありません。
博士課程とオーバードクターと彼女と。
彼女がいる、というか結婚している人は、博士課程でもしっかり働ける、なんて話があります。
家庭がある、将来が定まっていることから、そうでない人に比べて覚悟とかが違うんでしょう。
たしかにそうでしょう。
ぼくも、彼女の存在に助けられたことが何度もあります。
焦り。
一方、早く一緒になりたいという気持ちが焦りに繋がることもあります。
やっぱり、男としては、「◯年後にこうしよう」なんていって安心させてやりたいものです。
男らしく、いきたいわけです。
そんでもって、そこんところは確定要素をどーんと出して、ほら大丈夫だろ、的な感じで言いたいわけなんですけど、なにせ卒業の時期は不確定な実験結果に握られているわけで。
くっそって感じ。
◯年後に一緒になる、って断言できないのが、悔しいところです。
安心の根拠は、なにも卒業時期だけじゃない
書いていて気づきましたが、安心させられないことを、学位取得時期の不確定性だけのせいにしているんじゃないかとは思いました。
なにも、安心させるためには、○年後一緒に、ってことだけが大事なわけではありません。
おれについて来たら大丈夫、それでもいいんでしょう。
いや、ぼくについて来たら絶対大丈夫ですよ。
必ず幸せにしてやる自信はあります。
根拠なんてないですよ。
根拠のない自信です。
不安になっても仕方がない。ただ突き進むのみ。
不安にもなります。こう言ってやりたい、こうしたい、様々な思いが脳内会議で繰り広げられます。
ただ客観的に考えて、最も大事なことは、結果を出すこと。
結果への最短ルートをつねに探し、つねにそれに挑戦することです。
何年で出る、なんて話は忘れろ
結果を出すことを考えれば、卒業時期に思いを馳せて、不安になり、乱れる。なんていう、こんなものは、ノイズでしかありません。
何ヶ月後に学位が取れるとかそんな不安話は、結果を出す上では必要ありません。
(もちろん何ヶ月後に必ずや学位取得!とかいう締切効果を利用した話なら、大いに効果ありです)
下手に3年半で出たい、なんてことを言って、自分にプレッシャーをかけてしまうのはよくありません。
6年かかってもいいじゃない、それくらいに考えたほうが、4年以内に学位が取れる、自分はそういう人間です。
何年で出れる、なんて話は忘れよう。忘れよう、忘れよう。
やることは分かっている
長年、研究はやっています。
研究の、やるべき順番は、かなり分かるようになってきています。
週の計画を立てた場合、その計画はほぼ完璧です。
つまり、目の前のタスクをこなすこと、これに集中すればいいわけです。
様々なノイズはありますが、目の前の計画、目の前のタスクを淡々とこなすことに集中して、つねに最善を尽くし続けていきたい。
こうやって、最適な道を突き進んで行こう。
絶対負けない。
本気でいく。